学習院大学教授・鈴木亘の特別養護老人ホームの内部留保批判について ― 鈴木教授が御用学者になる過程

 「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」に「出た!特別養護老人ホームの内部留保は『2兆円』!」という記事が12月8日に公開されています。氏の言わんとするところは特別養護老人ホームを経営する社会福祉法人は、施設の建設費等に対する補助金や優遇税制、そして介護報酬に守られているにもかかわらず、一施設当たりで1年分の支出を超える3億782万円を内部留保として溜め込んでいると批判しています。さらに、社会福祉法人はその内部留保を入所待機者の解消にため施設の新規建設に回したり、低賃金にあえいでいる介護職員に十分な賃金の分配も行わず、オーナーとその家族・同族が、高額の役員報酬を得ているというものです。
 
 率直なところ、介護保険制度下で特別養護老人ホームが極端な利益を得ているとは思えませんし、実際、介護報酬のマイナス改定が続けられていた2008年には赤字にあえぐ施設や民事再生法の適用を受けた施設も出てきています。*1したがって、鈴木氏のブログ記事については眉唾物という印象をぬぐえません。
 ここでは、鈴木氏の言説で個人的に気になった点について少し検討を加え、特別養護老人ホームの経営には内部留保が必要であると考えられることについて言及してみたいと思います。なお、私自身施設経営の経験はありません。したがって、ここでは個人的な推測も含まれていることをお断りしておきます。

 まず内部留保の用途について鈴木氏は厚労省の「内部留保には修繕のための積立金なども含まれている」という説明について次のように批判しています。

施設の修繕などに充てる部分は、3億782万円の中の1/5程度を占めるにすぎない「その他積立金」の6581万円のうち、そのまた一部に過ぎない。内部留保の大半(4/5)は、毎年発生している黒字の累積額である「次期繰越活動収支差額」の2億4202万円なのである。


 また、「特別養護老人ホームの経営者たちの業界団体」の内部留保の使い方の「何十年後、施設を建て直す際に必要だから、今貯めているのだ」と言う説明について次のように言っています。

実は、特別養護老人ホームには、施設を建てる際、施設整備費という補助金があり、建物の建設費の約半分の費用を自治体が公費(税金)で補助する制度となっている(2005年以前には、建設費の3/4が補助されていた)。残りの建設費も、厚労省独立行政法人である医療福祉機構が、きわめて低利で貸付をしてくれる。

 

 鈴木氏は、内部留保の使い道について厚労省と「特別養護老人ホームの経営者たちの業界団体」が説明した「施設の修繕費」と「将来の施設の建てなおし費用」だけに限定して、こんなに内部留保は必要かと批判しています。一応、ここでは鈴木氏も内部留保がすべて役員のポケットに入っているとは言わずに、施設の経営に回されていることを認めています。ただ、内部留保は何も施設の修繕費と施設の建て直し費用だけに回っているだけではなく、介護報酬で得られる費用の不足分の穴埋めには使われていないかということが頭をよぎります。そのことを前提に内部留保の必要性を以下に考えてみました。

 内部留保が必要になるのは、3年に1回改定するという介護報酬にもあります。特に介護報酬改定において社会保障審議会・介護給付費分科会で介護報酬を下げる議論ばかりしているから、介護報酬減に備えて内部留保をある程度つくる必要が出てくるのではないでしょうか。その内部留保の使い道には、人件費も相当含まれていることも想像に難くありません。鈴木氏にはそれこそ介護報酬で賄われているものだと言われそうですが、年功序列賃金制による定期昇給分を計算して介護報酬を改定しているとは考えられません。仮にこの定期昇給を考慮して介護報酬を改定するなら03年、06年と2期連続で介護報酬をマイナスにするということはできなかったはずです。特に施設系の引き下げは厳しかったことはよく知られているところで、政府・厚生労働省の考えでは、定期昇給を含めた職員の給与や法定福利費社会保険料)の事業主負担分は各施設の経営努力でなんとかせよというところなのでしょう。だから、特別養護老人ホームの経営者は内部留保をためる必要性があるのではないでしょうか。したがって、介護報酬改定時に定期昇給法定福利費による人件費増にあわせて介護報酬をプラスに改定したなら、内部留保をつくる根拠もなくなります。したがって、特別養護老人ホーム内部留保を批判する前に、介護報酬を事業所のランニングコストを考慮することなく引き下げを言い出す厚生労働省ならびに介護給付費分科会に批判の矢をまずは向けるべきでしょう。
 また、鈴木氏が内部留保をため込む根拠がないとしている施設整備費の補助金ですが、この補助基準額は実際にかかった費用に税金から補助されるのではなく、国の補助基準額があらかじめ決められていて、その補助基準では施設の設置基準を満たすことができず、どうしても設置者が持ち出しをせざるを得ない仕組みになっています。つまり、設置者の負担額は2分の1できっちりおさまっているわけではなく、それ以上に持ち出し分の費用があるということです。したがって、現在、特別養護老人ホームを一つ設置するにも高額な設置者負担が必要なことはよく知られているとことです。恐らく用地確保から設置までに要する費用は、鈴木氏の言う内部留保の額3億円程度では遥かに届かず、地方の比較的土地の安い地域でも約6億円*2、首都圏では10億円近い設置者負担がかかって来ると推測されます。恐らく、鈴木氏はこのような補助金の実態はご存じないから「将来の建て替えには、何の心配も用意もいらない」と堂々と発言されているのでしょう。鈴木氏は特別養護老人ホームに関するこの辺の事情について無知であることを勇敢に告白しているようなものです。

 また鈴木氏は特別養護老人ホームには優遇税制があるとして次のように言っています。

加えて、社会福祉法人には、消費税や固定資産税、不動産取得税を含め、全ての税金が無税となっているという大盤振る舞いの優遇税制も付いている。


 私は税制に関して十分な知識を持ち合わせていませんが、社会福祉法人がこのような優遇を受けているのは基本的に非営利組織であり、高齢障害者のケアをするというきわめて公共性の高い事業を行っていることが根拠になっているからです。普通の企業なら、行っている事業が儲からなければそれを廃止して別に利潤があげられる事業をすればいいわけですが、社会福祉法人では介護が儲からないと言って事業を廃止するわけにはいきません。そんなことをすれば介護難民が大量に社会に溢れ出してきます。事業を長期間、安定的に運営していくためにある程度の優遇措置は認めるのは当然と思われます。
 なお、消費税については社会福祉法人は原則非課税とされていますが、非課税であればまったく負担しなくてもいいというわけではありません。1千万円以上の課税収入がある場合は「申告手続きと納税」は必要ですし「取引支出」においても消費税は支払うことになっています。消費税非課税は消費税の負担を免れるのではなく、むしろ仕入れでかかった消費税を消費者(利用者)に転嫁できないことを意味しています。したがって、消費税の負担は社会福祉法人にはないとする鈴木氏の発言は間違いとなります。

 そして、最後に次の部分は、鈴木氏は気がついていないようですが、官僚によって自身が御用学者に仕立てあげられていくことを自ら描写したものです。

実は、今回、厚労省が公開したデータは、先日の行政刷新会議・提案型政策仕分けにおいて、仕分け人となった私が厚労省を問い詰め、その場で公開を要求したものである。私が厳しく問い詰める中で、さすがに、特養の肩は持てないと判断したのか、老健局長が公開を約束した。最後は、老健局長は笑い出しておられた。

 
 老健局長の笑いは、鈴木氏が言うような「特養の肩」を持てなくなっての苦笑ではなく、むしろ老健局長は「介護報酬抑制に利用できる学者がいた。テレビにもよく出ているようだし、精々利用させてもらおうか」ということを思いながら笑っていたのではないでしょうか。(鈴木さん、勘違いしていてはいけないよ。)そして、出された資料というのも、今後、介護報酬抑制に都合よく加工された資料ではないかという疑念が私にはぬぐえません。
 
 今後、鈴木氏が社会福祉法人批判を繰り返すことにより、介護報酬抑制の宣伝に使われるでしょう。そしてそのツケは内部留保の絞り出しではなく、介護職員等の施設職員の賃金抑制と利用者の自己負担増につながる可能性があります。鈴木氏が厚生労働省の官僚に「阿波踊り」ならぬ「阿保踊り」を踊らさせられることで介護保険制度が利用者の利益を擁護した運営から遠ざかっていくことは間違いなさそうです。

 今後、鈴木氏がいかに政策側に都合の良い発言(特別養護老人ホーム批判)をして介護保険制度における利用者の自己負担増などに力を貸していくか、その御用学者ぶりを監視し続ける必要性を強く感じた次第です。 

*1:介護報酬がプラス3%でも老人福祉施設は“倒産ラッシュ”」 「「新型特養」突然経営難に陥ったワケ」

*2:永和良之助『なぜ高齢者福祉は腐食するのか』創風社18-20頁参照。1990年代に愛媛県特別養護老人ホームを設置した法人の自己負担額は6億1700万円であったとする記述があります。なお、この頃の国の補助金は建設費の4分の3でした。